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単身赴任12年間終えて家族はどうなったか。 ①辞令~引っ越し

別れと出会いの季節が来ましたね。この時期を迎えると思い出します・・・

辞令

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もう15年前になりますが、配送業務から会社に戻るや否や事務所の別室に呼ばれ、入ると幹部がおり何か物々しい雰囲気でした。「営業として長崎に行ってください。」辞令でした。頭が真っ白になりました。妻、小学3年の娘もいるしどうしよう。その後すぐ配送の仕事に戻りましたが、よく覚えてません。

妻に報告

結婚してから3回転勤しており、異動にはなれておりました。しかし3年前に中古住宅を購入してから私は内心「このまま同じ職場で異動したくないな。」と守りに入っていたのかもしれません。配送業務は基本的に転勤はなかったので。妻は驚きつつも冷静に、自分に慣れた職場があることや、一人娘も近所に友達がたくさんいて、移動は難しいと。結婚後、家族と離れて暮らしたことがなく、益々不安になった私は単身赴任経験のある父親に電話しました。(電話してもどうにもならないのですが。)

「行ってこい。お前は料理や家の事できるから大丈夫。」

学生時代に父が単身赴任先に戻る日、物凄く寂しい表情だったのを覚えています。私は心の中で、煙たい父が一時帰って来なくなることをむしろ喜んでました。しかし歴史は繰り返されるんですね。20年後今度は私が同じ身になるとは。だから父からのコトバは重たく感じました。

 「なんで俺なんだろう?」

営業職には営業課から人選すべきでは。今度は社内のことも考えるようになりました。これについては会社からも説明がありました。過去、長崎で生活したことがある。営業経験がある。現在の配送業務も熟知しており「適任者は君しかいない。」そして何よりも私を採用した当時の面接者が長崎営業所所長であり、そこからも声がかかっているとのこと。「お受けします!」行く覚悟を決めました。

引っ越し

辞令から40日はあっという間に過ぎ、いよいよ引っ越し当日となりました。幸い家族も付いてきてくれました。現地に一泊して翌日、長崎駅でお別れとなります。

引っ越し業者は3名来ましたが、大物は洋服ダンス1つであとは段ボールケースが12ケースであっさり終わりました。おいしい仕事のようでニコニコされていました。

さあこれからこの6帖+ロフト付きのワンルームマンションが長崎の住家となります。社会人になって以来のこのタイプの部屋は何か懐かしさを覚えます。8階建ての最上階で南向きです。下見の時に日当たりと最上階だけは譲れなかった。近くに橘湾があり綺麗に見えてます。夜3人で雑魚寝しました。やはり窮屈でした。

翌日、いっしょに長崎の街をブラブラしました。だんだん別れが迫っている。坂本龍馬銅像のある風頭公園から見た長崎の街はその日に限って冷たく見えました。

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長崎駅でお別れ

ついに長崎駅に来てしまいました。ただただ寂しさだけで思考が働きません。列車はもう入線してしており、妻が「行くから」と改札から列車へ歩きだしました。長崎駅は終着駅で、改札口からホームがまっすぐに延びており列車に乗り込むまで見えるのです。乗る間際に妻と娘が大きく手を振りました。溢れました涙が。「あ~ひとりになってしまった。」終着駅に置いていかれたような情景が悲しみを倍増させました。

「まだ私は福岡だから近い方だ。」自分を励ましました。

 

②へつづく

 

 

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