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単身赴任12年間終えて家族はどうなったか。 ⑥最終章

辞表提出

単身生活13年目の5月末、会社に辞表を出しました。

理由は3つです。

・営業も飽和状態で数字に責任が持てなくなったこと。

・定年後のスキルがなかった為、この時期に習得する。

・いつまで続くか分からないこの生活にピリオド打つ。

 

同僚や上司からもかなり説得されましたが、受理されました。

 

この時点で、初めて妻に報告しました。就職先は内定貰っておりましたが、

相談もせず進めた為、不安にさせたのは事実です。

 

「ごちゃごちゃ言わずに、この先見据えて頑張るように。」

言い訳はいらないということです。

  

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引っ越し

8月、長崎ラストの日を迎えました。

極力少ない荷物でこちらに来ましたが、12年の間に結構日用品や雑貨が

増えていて、まだまだ使用できますが思い切って処分しました。

 

マンションの管理人さんに挨拶。

「もう12年もなると。早かね。」

「さびしいですけど本当にお世話になりました。」

おそらくこのマンションの滞在記録はわたしがトップだったでしょう。

周りは学生さんばかりでしたから。

 

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出発

「さよなら長崎。色々なヒトと出会えて楽しかった。」

高速には乗りません。福岡に帰るだけですし、ゆっくり走りながら

気持ちを切り替えようと思ったからです。

見慣れた街の風景も今日が最後。

第二の故郷になったような感じで、色々なことを思い出しました。

 

自宅へ戻る

長崎を出て4時間。自宅が近づくと不思議と緊張してきました。

ともかく12年間福岡ー長崎往復500回。事故もなく無事に行き来できました。

「お疲れ様。荷物はすぐ片づけるように。」

クールな妻の一言でした。

ワンちゃんのシュウ君だけが喜びを表してくれました。

 

妻は面白くなさそうでした。想定はしていましたが、労いのコトバが欲しかったのが本音です。

 

いままで平日不在だった旦那が仕事を辞めて帰ってきたのですから。

 

赴任時、小学生だった娘も短大を卒業し社会人です。小さい頃の様には

相手にされません。

 

その後約2年間

私は家庭内で浮いた存在でした。職が変わって給料も減り、生活も引き締めました。

また12年の間に妻も娘もたくましくなって、逆に私の存在が薄れてしまったのです。地球の周りをまわっている月みたいな存在です。家庭の中心にはいません。

 自分で決断したことですから。

 

しかし新たなスキルも得て

現在の仕事にはやりがいや達成感を感じており、頑張れています。

「また稼いでくるから今に見てろ」という気持ちです。

 

しかし、何よりも自宅に戻れて、いらんことを考えずに過ごせるのは、やはり大きいです。

 

最後に単身赴任を経験した私の結論です。

 

・転勤の辞令が出たとき、できるなら、家族みんなで引っ越ししてください。

(長くなりそうであれば    )

・単身赴任となった場合、最長でも5年が限度です。異動を申請してください。

 

・二重生活(2拠点)は負担もかかるし、長くなれば家族関係にも影響します。

 

 

12年間、

様々なかたにお世話になりました。

家族にも感謝します。  

(完)